ワッパ回し

若い頃もっと遊ぶカネ(=給料)が欲しくて、歳の割に支給額の大きな運送業(=ハンドルを握る商売=ワッパ回し)への転職を口にすると、「それはいつでも出来る仕事だから、最後にしなさい」と諭されたものだ。
それくらい、運送業での実際の就労環境は劣悪だ。
不規則で長時間拘束、体を壊さない方がおかしい。

そんな就労環境の改善を考えると必ず行き着く結論が、「運賃のアップ」。
そう聞けば荷主への運賃交渉が結論となり、「賃金は荷主さん次第」とハナシは終わりそうだが、実際に運賃をアップしてくれる仏のような荷主などまず居ない。
100円のジュースに200円の運賃を払うバカは居ないワケで、そもそもの結論の導き方が違うのだ。

高い運賃を取りたければ、高価な荷物を運べばいい。
清涼飲料水より医薬品、建設機械より医療機器だ。
そしてその高価な荷物の究極が、「人間」だろう。

「楽して稼げる」と誘われて個人タクシーを目指したヒトはたくさんいる。
タクシー会社に10年勤めて、かつ5年以上の無事故無違反でようやく営業が許される狭
き門だ。
トコロがなったからといって黙って稼げるものではない。
車は自前で用意しなくてはならず、かといって小汚いポンコツでは誰も乗らない。
稼げたトコロで売上金を会社に入れなくてもいいコトから泡銭を誤認して、酒に女にギャンブルにとついつい浪費してしまい、ついには自動車ローンから燃料代まで払えなくなるのもザラ。
そんな中でお金をキチンと管理できた者だけが、生き残れるのである。

そんな選ばれし者はというと、これが揃いも揃って怠け者。
いかに「楽して儲けるか」を日々考え続けているのである。
同じ人間を運ぶのでも「高価な人間」、即ち年収の高い客をいかに獲るか、興味はその一点に絞られる。
自ずと網を張るのは高年収のサラリーマンが泳ぐ丸の内から新橋あたり。
渋谷あたりで大騒ぎするガキには目もくれない。
5000円迄なんてけちくさいコトを言わない、10万円まで書き込めるタクシーチケットや、レシートを会社経費にするだけのジェントルメンが狙い目だ。

そんなジェントルメンを釣る為に車はもちろんクラウンクラス以上の最新型、バリっ
とワックスも効かせている。
ジェントルメンを悦ばせようと冷えた缶ビールなど用意して、摘発されるのも珍しくはない。(違法行為だ。)
このクラスになると5千円以下はなんと「ゴミ」扱い、「マンシュー」と呼ばれる一万円を遥かに超え、2万円に届かないと満足しない。
ワンメーター650円などもっての他だ。

とはいえ写メール一枚で営業停止のこのご時世、そうそう乗車拒否なんてしていられない。
たとえタクシー乗り場に2時間粘ってゴミ拾ったとしても、ニッコリ笑って頭を下げるのがプロの道なのである。

個人タクシーは脱税の温床と揶揄されるが、脱税で挙げられる程稼げれば大した者。
今度小綺麗な個人タクシーに乗る機会があったら、このハナシを思い出して缶コーヒーでも差し入れてやって欲しい。
面白い「愚痴」が聞けるかもしれない。

おっと糖尿を患っているドライバーも多いので、無糖のお茶の方が無難か。
やっぱり、体には優しくない仕事なのである。