ジロさん

dubrock2008-02-02


「ジロさん」は個人タクシー運転手。
ご多分に漏れず東京と埼玉の境あたりに住んでいて、夜な夜な神保町から神田、丸の内あたりに出没している。
若い頃は職を転々としながらも行き着いたこの道30年。
とうに70歳を過ぎたベテラン中のベテランである。

「個人タクシー」。
その存在は知っていても、乗ったコトのあるヒト、さらには「常連さん」であるヒトは少ないのではないだろうか。
タクシー運転手の低年収が騒がれている昨今ではあるが、個人タクシー運転手は高収入、とかく税務署から睨まれている存在である。
これほどまでに「高収入」を実現できる鍵というのはただ一つ、ジロさんのように年金を需給しながらの場合は更に顕著になるのだが、有り体に言えば「客を選んでいる」のである。
「客を選ぶ」というのも物騒な言い方で、先日も泥酔した女性記者がことごとく乗車拒否された経験を記事にして物議を醸したが、客に「選ばれた」と悟られずに客を選ぶ、そういう技術を習得しているのが「ベテラン」というものなのである。
実際「乗車拒否した」となればタクシー営業が停止になるくらいの重罪であるので、おいそれと「乗車拒否」なんて言われるような真似はしない。
それが「プロ」というものなのである。

彼らは基本的に10時以降、運賃が「2割増」になる時間帯から仕事を開始する。
そして、「10時以降」という時間帯に相反するように、「酔客」は敬遠する。
酔客を乗せて寝込まれ、挙句にリバース、なんてコトになれば、その日の稼ぎがパアになってしまうのであるから、殊更に敬遠するのがこの「酔っ払い」なのである。
さらに経験的に、女性の乗車区間は男性に比べて短めである。
なので基本的には、道端で手を上げる女性客を拾うコトはまずしない。
ちなみに前述の乗車拒否された女性記者であるが、「泥酔」していてしかも服装が派手な一目で見て分かる「女性」。
なので、深夜3時にタクシーからことごとく乗車拒否されても、ある意味当たり前なハナシなのである。

そんなジロさんが神田で拾ったお客さんは狙い通りのサラリーマン。
不運にも残業で終電を逃してしまい、会社から貰ったタクシーチケットで国分寺の自宅まで帰るところだという。
ココまではよくあるハナシ。
颯爽と首都高を乗り継ぎ、お疲れのサラリーマンを送り届けたあとは、のんびり青梅街道を戻って来た次第なのである。
本来からすればもう本日の営業を終了してもいいトコロなのであるが、ここで少しスケベ心を出した。
御茶ノ水から帰宅するにあたって、埼玉方面の客を拾えれば効率が良い。
ソコにちょうど、道端で手を上げる女性の姿が。
見たところシラフ。
路線からいって巣鴨あたりの可能性が高い。
車を寄せてドアを開けると、
「運転手さん、ちょっと遠いんですけどいいですか?」
と謙虚な質問。
どうせ遠いと言っても川口あたり、そんな軽い気持ちで乗せたお嬢さんは、意外な言葉を発した。
「近くから高速に乗ってもらって、国分寺まで。」
かくして本日二度目の国分寺駅を眺め、フラフラになりながら帰って来たジロさん。

なかなかこの商売も、奥が深いものなのである。