あえて書く、「ついていく方『が』、悪い」

dubrock2008-02-18


沖縄での事件のこと。
報道は、当初一斉に「米軍バッシング一色」となったが、これに異論を唱えて注目されたのが産経新聞
いわゆる、「ついていく方悪い」理論だ。
とはいえ原文を読むと、注目されるほどの強い論調ではない。
たしかに「自己責任論」には触れてはいるものの、「基本的な『しつけ』が徹底していなかったことは無念」と締めくくっているに過ぎないのだ。
しかしながら、「お手々つないで護送船団」方式のその最たるものである新聞業界において、全体の流れに異論を唱える試みというのは評価に値すると思う。

その記事に敏感に反応したのが朝日新聞
「談合破りは許さない」という意気込みからなのだろうが、内容はというと『「自己責任論がある限り、事件はなくならない」と主張する女性団体もある』という、いかにも「批判はソチラへどうぞ」という論調。
主張は弱いながらも客員編集委員が実名を公表して書いた産経新聞とは、『「マスメディア」という媒体で情報を発信する自負と責任』の認識において、明らかな違いが垣間見える。

ま、どっちにしろ、「言いたいコトがあるならハッキリ言え」というのはあるのだが。

話題に乗り遅れた毎日は今ごろになって、「欧州では聞いたことがないのに、なぜ日本ではなくならないのか」という記事を掲載したが、これもちょっと的外れなカンジがする。
そんなにムリして自論を展開しなくても、だが、ガリバー読売と同じスタンスでは弱小毎日は「ジリ貧」という危機感からなのだろうか。

そのむかし「安保闘争」で火炎瓶を投げていた組からすれば、この事件を機に一気に基地廃止論に持ち込みたいのだろうが、「白昼堂々、複数の米兵に那覇の駅前から攫われて・・・」みたいなハナシでなければ難しいのではないだろうか。
「日本を護ってくれる米兵から危害を加えられては本末転倒」という意見もあるが、残念ながら米兵、いや彼らの所属する米軍自体にも、「日本を護る」なんて気はサラサラない。
あるワケがない。
彼らが護るのは、個人的には自分と、自分の家族、親類縁者であって、「外敵から護る」という直接的な意味と、それから兵役という労働行為によって得られる報酬(賃金)によって、家族の生活を経済的に守るという2つの意味であり、軍隊としての米軍が守るのは「アメリカ」。
それも物理的に他国からの侵略から国土を護るというよりは、「アメリカの経済的な利権を守る」という意味合いが強いだろう。

アメリカの環太平洋包囲網という戦略のもと、ハワイ、グアムと来て沖縄は地理的に重要な場所にある。
せっかく二次大戦中に苦労して手に入れた、というのもあるだろうが、米軍基地は三沢、横田、厚木、横浜、岩国、佐世保と沖縄だけの専売特許ではない。
中でも沖縄に駐留する部隊が多いのはその地理的な優位性、とくに近年のアメリカによる中東制圧の作戦上、「本国と現地を結ぶ中継点として都合が良い」というのが第一ではないだろうか。
たまたまそんな米兵を駐屯させているコトで、「アメリカの核の傘」に入れる、いや、「入ったような気分になれる」という利点が日本にもあった。
いや、某知事のように核武装論を展開するつもりもないが、最終兵器として「保有している抑止力」というのは間違いなくあるワケで、北の将軍様が国際社会から叩かれながらも開発を続けたというのは、「自国の利益を最優先に考える彼の立場」ならば至って正しいことだと思う。
このツールは、「コトと次第によっては使うぞ」というブラフによって成立するのであって、仮に北の核で東京が攻撃されたとしても、アメリカが反撃してくれるかどうかは疑わしいし、仮にそれが横田であったとしても、核で反撃するかと言われれば、その可能性は限りなくゼロに近いだろう。
ま、その前に、「マトモに作動するのか」というそれはそれは大きなハードルがあるのだが。

「基地の廃止」を議論するにはこれらの他に、「経済効果」という部分で地域住民と密接な関係があり、破綻状態の財政からどうやって今以上の国防費を捻出するのかという難題も絡んでくる。
「そういうの」は抜きにして、まずは「こんな米軍は出て行け」と唱える。
それが男性には分からない女性であるがゆえの理論というのであれば、それは「股で考える」という誹りを免れられないであろう。

米兵の言う「成人していると思った」。
これは本人がいくらオトナっぽかったとしても、ムリがあると思う。
ただ、繁華街で声を掛けられて、ホイホイとバイクに乗る。
「車」ではなく「バイク」に乗る。
それで、アパートに連れて行かれて、大変な目に遭った。
聞くほうも呆れるほど、「当たり前」のハナシではないか。

中学生のころ、若い男性がたむろする「溜まり場」に出入りしていて、なんとなくそういう雰囲気になり、無理矢理ソコに居合わせた全ての男性の「相手」をさせられる羽目になった。
そういう体験談を語る女性は多い。
中には「それが初めてだった」と言う人も。
ただ彼女たちは被害を訴えているワケではない。
つまり「いつかはそうなることもなんとなく分かっていた」というコトだ。

毎日新聞の言う「しつけ」以前の問題として、これは米兵に限ったコトではなく、「若い男性」であれば人種を問わず誰でもが持ち合わせている特性であって、珍しいコトでも何でもない「常識」の範疇だ。
それでも、「知らなかった」とは言わせない為に、本人が「知らなかった」と言うのであれば大々的に報せる必要がある。
それも定期的に必要だろう。
また事件をうけて自治体が米軍側に、綱紀粛正を求める。
これも必要なコトだろう。
「立場を考えて、同意のないままに無理強いはするな」と。

それと「基地の廃止」とは、「全く別の問題」というコトだ。

論点が摩り替わって「女性団体の抗議活動」へと発展してしまって、自分のしたことの重大さ、いや本当は「重大」でもなんでもない「ありふれた若気の至り」が重大なコトになってしまって、一番困っているのはもしかしたら当の本人ではないだろうか。
そう思うと、いくら「ついていく方悪い」とはいえ、ちょっと可哀相だったりする。
だからこそ、母親のみならず年長者の助言はまず聞いとけよ、という、そういうハナシ。